佐渡芸能伝承機構

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「鬼太鼓の伝播を探るⅡ」実演編

今回の「鬼太鼓の伝播を探る」では
「鬼太鼓」という言葉に着目して
江戸時代「鬼太鼓」と呼ばれていたものは
何だったのだろうか
と言うことを考えてみました。

佐渡奉行 川路聖謨の『島根のすさみ』(天保11年 1840)に
「鬼太鼓も、もっぱらかれ(大工)がたたく也。この太鼓は全くに江戸の角力の太鼓をわくに入れて、2,3人して荷い行くを、かの大工がかた足にて、飛びながら打つなり。」
との記述があります。
この記述をはじめ 江戸時代の文献に残る鬼太鼓というものを推測しながら
西野、南片辺、宿根木の各地に伝承されている芸能を見ていきました。

まずは西野。

西野2

豆まきです。

西野1

太鼓は 裏と表でたたきます。

次は 南片辺。

南片辺1

ここも裏と表でたたきます。

南片辺2

最後は 宿根木。

宿根木1

表を打つ子どもは 片足で太鼓まで近づきます。

宿根木2

豆 です。普段は本当に豆を投げるそうですが
この日は お菓子でした。

3地区とも 子どもが大活躍です。
子どもへの継承のことなども 実演後の座談会でお話がうかがえました。

と、ここまで書いていて
素朴な疑問が。
5流の分類によると
南片辺と宿根木は 一足流。
西野は豆まき流。
基本的にこの3つは似ていると思うのだけど。
宿根木と西野も足をあげれば 南片辺と形は同じでは?
手のうごきは 一緒にみえるのだけれど・・・・。
それこそ2系統5流の説にせまる核心なのか。
理事長に 聞いてみなくては。
実は 当日 受付とかやっていて 講演を聴いていないのです。
何か ヒントが あったかも・・・・。

そんなことで
「鬼太鼓の伝播を探るⅢ」は
来年2月7日に予定しています。
第3回もよろしくお願いいたします。

その前に こちらのブログでは
「座談会編」を予定しています。
そちらも よろしくお願いいたします。

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