佐渡芸能伝承機構

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祭りを歩く「豊岡」

今回なぜ豊岡だったのか
理事長が以前書いたものにあるので
ご紹介します。


 昨年四月の第三日曜だった十六日、三川祭りに向かう途中に前浜の豊岡集落にさしかかると、山の上の方から太鼓の音が聞こえてきた。
 豊岡は山の斜面に段々状に家々が立ち並び、独特の雰囲気の景観をしている集落で、以前から行ってみたいと思っていたので立ち寄ってみることにした。

DSC00102.jpg


 海岸に車を止めて、太鼓の音を頼りに軽自動車が一台通れるくらいの幅の坂道を歩いて登ると、豊岡の鎮守小田原神社があった。そこから少し行った家に、ちょうど門付けを終えたばかりの鬼太鼓の一行がいて、「この家は漁師でな、バアチャンの作る刺身はうめえんだ」と、祭りの振る舞いを楽しんでいた。
 この日に豊岡の祭りに遭遇できたのは幸運だった。普通だと祭りは四月の第二日曜で「アンチャン運がいいなー。今年だけは都合がわーるうて、第三日曜日にしたんだっちゃ」といわれ、偶然にうれしさが増した。
 豊岡の鬼太鼓は潟上流だ。古老たちの言い伝えによると、昭和初期ころ瓜生屋から習ったという。瓜生屋の鬼は黒、白というが、豊岡では雄鬼と雌鬼と呼んでいた。
 以前は十数人が入る大獅子もあったが、人手不足のために幌を短くして、二人でもできるようにした。それも今では持って移動するだけになってしまった。鬼太鼓の衣装を着ていた人が「昔は獅子の木遣りもあって、にぎやかだったんだ」と話してくれた。
 縁側に獅子頭が置いてあったので写真を撮らせて欲しいとお願いしたところ、「待っとれ、いまポーズをとるから」といって、数人で獅子の形を作ってくれた。「獅子はやっぱり最初の弓(獅子の幌を張るための竹)が肝心なんだ」というと間もなく、形のいい獅子が出来上がった。
 豊岡の家の多くは山の斜面に立っているため、行き来するには狭い階段や坂道になり、太鼓の移動も大変だ。しかし地元の人にとっては歩き慣れた道で、私が滑り転びそうな坂でも太鼓を担いで平気で進んで行く。

DSC00106.jpg

 衣装を着て鬼太鼓を舞っていたのは、五十歳をすぎた人だった。「俺たちは、自分たちで出来ることをやって、ここの祭りを続けるんだ」という言葉が印象的だった。

新潟日報 『祭りを歩く』より


ここから始まりました。

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